山口県立萩美術館・浦上記念館 本館特別展示室(和風展示室) 茶室のしつらえ

「揺らぐ日々の中に」  橋本真之  Hashimoto Masayuki 

「果樹園 - 果実の中の木もれ陽、こもれ陽の中の果実」(全長38m)、「果樹園 - 変換」(奥) 

 山口県立萩美術館・浦上記念館の和風展示室(茶室)は、アーティストによる茶室の空間表現の場として公開されています。2005年4月からは、第9回目として埼玉県在住の鍛金作家、橋本真之(はしもと まさゆき)さんによる茶室のしつらえが展示されています。

これまでの茶室・展示作家
第1回目 三輪龍作 「三輪龍作の美学―壱」 陶芸家
第2回目 中川幸夫 「鏡の中の鏡の鏡」 生け花
第3回目 内藤 廣 「Gaudiの透ける眼差し」 建築家
第4回目 三輪和彦 「黎‐REI‐」 陶芸家
第5回目 椿 昇  「緑色的平凡」 現代美術
第6回目 柳井嗣雄 「境界―関係の通路として」 ファイバーアーティスト
第7回目 中井川由季 「真夏の月」 陶芸家
第8回目 福本潮子 「乗空の茶室一立礼の席一」 藍染作家

  橋本真之「揺らぐ日々の中に」


山口県立萩美術館・浦上記念館
和風展示室展示


助成 株式会社 二期リゾート

会期
2005年4月23日(土)〜
2006年3月12日(日)

橋本真之さんの公開制作

「果樹園一果実の中の木もれ陽、
木もれ陽の中の果実」の成長

2005年8月4日(木)・5日(金)

10:00〜16:00

山口県立萩美術館・浦上記念館 外庭

「揺らぐ日々の中に」
萩美術館・浦上記念館における展示覚え書橋本真之(はしもと まさゆき)

 良くも悪しくも、私の仕事の現在の限界がここにあります。展示作品のひとつ「果樹園一果実の中の木もれ陽、木もれ陽の中の果実」は、継続してつくり続けている、私の中枢となって来た仕事です。この作品は1978年に制作開始しましたが、今では内部に入ってしまった部分を発表した後に、いくつかの展示を経て、1986年に最初のまとまった発表をしております。その後も増殖・展開しつつ発表してきましたが、現在もその途上にあります。そして、新たな制作によって、最初に制作した発端部分から順次入れ替わって行くために、この数年にわたって神経を傾注して来ました。

 近年の世界の大変動の中で、鬱々と制作を続けてきましたが、とうとう我慢できずに、2003年3月21日、茨城県つくば美術館での「現代美術の磁場」展の展示の中で、「運動膜、現在一銅よ、もうお前は戦場に踊るな」として一人デモを行いました。新たな「果樹園……」の変換部は、この時の展示を発端部分として、内包しながら展開して来たものです。こうした社会的事象に対する制御しきれない心情反応としての行動では、無効な実践でしかありません。しかし、私の「果樹園……」にとっては、負の社会的事象を、正に造形上の強度としてエネルギー化することでもありました。現代に造形することは、この時代のさまざまな事象に神経を逆撫でされながら仕事をするということです。この不穏な時代の空気に耐えながら制作するということは、実のところ、いつの時代の造形家達もまた、耐えてきたことでした。

 この増殖・展開して行く「果樹園……」とは対照的に、一方で次第に空間を小さく凝縮して来た作品「凝集力」と、その近年の展開が茶室に展示してあります。「茶」は戦国の激変の時代の中で形づくられて来た世界でしたが、その身体に染みついた騒乱の臭いの中で、全感覚をそば立てて、他者や物達と微かに交流する清浄の気配というものが、かの「茶の湯」の世界と私は見ました。けれどもそれは、利休や織部の死のかたちが、私を誘う一期一会の場処のように思えて、後ずさりしたくなるのでした。私が茶室を苛烈な密室空間として思い出さざるを得ないのは、武器・武具にあふれた時代の騒乱の中で、武器を持ち込まないルールではあっても、そこに沈黙の気配として見えるからでしょうか?-

 ひるがえって、現代の地殻変動の日々の中で、造形行為に何ができなければならないのか?過去の顕現を一碗の中に求めるのであれば、マルセル・プルーストのように、紅茶にひたした一片のマドレーヌ菓子でも良いはずである。私のような無粋者には、大量生産されたアルマイトの容器に脱脂粉乳のミルクでも良いのかも知れない。しかし、物と対座する場処としてであれば、茶室空間の親密性が私の造形思考にエネルギーをかき立ててくれたのでした。

 この茶室空間の中では、これまで制作した作品の銅の切りくずの中から、意識的に立ち上がって来た造形「切片群」が威嚇的で重要な役割を果たしております。「果樹園……」とともに、今生きているこの場処の揺らぐ日々の刻印が、これらの造形運動の形態に強く影を落としているのは確かなことです。けれども、私の導き出した形態は、何ものも表現しないが故に、むしろ、それぞれの観照者の内に揺曳するイマージュに結びつくことになります。それ故、私と観照者は作品空間を媒体として気配を共有することができるのです。私はこうした仕事の時空域の中から跳躍して、「存在の上澄み」を見い出したいのです。観照者とともに息を殺して、あえかに成立する倫理的次元の気配を掬いとることができるかどうかが、私の造形運動に自ら課した積年の間題なのです。さもなければ、造形行為はこの時代の不快な空気そのものに成ってしまうだけのことではないでしょうか?

 人々の心の内に、果樹園の収穫の歓びを、そっと手渡すことができるのであれば、その時こそ、私はあえて捨てて来た様々な歴史的因習に換えることができたと思えるに違いありません。その変換こそ私の望みでもあります。

(2005年3月)


「当て盤絞り」
一 橋本真之「揺らぐ日々の中に」鑑賞のために 一

 2階の企画展示室を抜けて階下へと向かうスロープに差し掛かると、ガラス越しに黒々として巨大な不思議なかたちの物体が眼下に横たわっているのに気づくことでしょう。かつて毛利藩の本拠があった指月山とその手前に広がる城下の町並みを借景に、鍛金造形作家、橋本真之さんの『果樹園一果実の中の木もれ陽、木もれ陽の中の果実』とその展開制作の一つ『果樹園一変換』が、あなたの訪れを静かに出迎えています。ときには香塵の舞う長閑な美術館の外庭を、稚気あふれる露地空間に再構築してみせるこれらの作品と、これから訪ね入る清浄な気配との融合を言牙りながらも歩みを茶室へと進めたあなたは、やはり少し驚かれるかも知れません。そこには見知った茶の湯の道具のしつらえではなく、橋本さんの手わざによる造形たちが正客の到来を直向きに待ち侘びてるからです。四畳半中央には『凝集力・展開』、床は壁の『凝集力』と堆く積み上げられた『切片群』。いずれもあかがね色の生々しい姿を曝しながら、そしてまた室外には『重層膜・切片群』が蹲った態で、それぞれ息を潜めるようにして控えています。それらは互いの密やかな関係に緊張感をみせながら茶室の空間に鎮まり、射し入る陽光を怪しく反しています。

 鍛金は金床に載せた金属板を上から金槌で叩いて成形する金工技術の一つです。ただし橋本真之さんの造形は、金床に等しい当て盤(あてばん)を左手に持ち、それと右手に握った金槌で金属板を挟むように打ち付けてかたちを生み出していくという、原理こそ器物を製造する古来の鍛金技法と同じですが、とても型破りな手法を用いてなされます。「当て盤絞り」と作家自身が名付けたこの方法が、一般的な鍛金技法に比べて優れて創造的なところをあげるとすれば、作り手自らが移動しつつ、延ばしたり絞ったりしながら、かたちを自在に展開できるようになったことや、中空という要素をもった管状や球状のかたちの進展が可能となったことなどでしょう。作り手の身体性に大きく依存はしますが、鍛造する際の位置と方向の制約から解放されているのです。橋本さんはこの技法の開発と、これに溶接技法を併用することで、従来の鍛金技法ではほとんど不可能であった大型化も含めた継続的な造形展開の方途を見いだしました。

 1978年10月20日から制作が始められたという『果樹園一果実の中の木もれ陽、木もれ陽の中の果実』は、今日まで増殖するかのように営々と制作が継続して展開されている作品群であり、橋本さんにとって畢生(ひっせい)の大作です。銅板の全面に残る鎚目の痕が物語る果敢に積み上げられた時間と、その結果としての作品が空間に占めるスケール感は、みる者を圧倒し驚愕の念さえ抱かせます。しかし、その膨らみや縮みを見せる伸びやかな曲面は、たおやかな生命の営みすら想わせて、本来の重量を忘れさせるほど軽やかに成長を遂げています。

 そういった印象を与える一つの要素で、遠目にもよくみえ、所々にリズミカルに配置されたほぼ同径に開かれた孔(あな)からは、作品の内部をかいまみることができます。すると中空であるこの立体が、その内に幾重もの複雑な空間を抱えているのがわかります。さらによくみると、この重層的な構造が作品自体を組み立てている銅板によって成り立っていることにも気付くことでしょう。先に述べた「当て盤絞り」の技法によって、可能となった作品構造です。

 この作品の外見上のかたちには内外という部位の区別はありますが、構造体である銅板に表裏の関係はありません。つまり、ある制作局面において形態の内側であった裏面は、次の制作段階では外側に出て表面へと反転するという、一つの面が連続しながら入れ替え可能な膜状の組織として内と外とを同時に形成しているのです。わたしたちが遠目にみた張りのある作品のかたちは、膜状組織の最終的な反転の結果であり、いわば作品構造の外皮部分なのです。橋本さんはこの表裏等価な存在として認識した板面在「運動膜」と呼びます。「運動膜」は複雑な反転を繰り返すことと、縦横に進展させることによって、形態に張力や躍動感を付与するとともに、作品の中心軸を暗示しているのです。


 私の腕があと5cm長かったならば、私は別な形態、あるいは空間を生んでいたに違いありません。腕力がもっと強かったならば、あるいは体力にもっと持久力があったなら、私の造形思考は別の筋道を取ったに違いないのです。私の技術は肉体の条件が如実に顕れるという種類のものであり、金槌の槌目のひとつひとつを見れば、おそらく私の脆弱な肉体と精神の揺れが見て取れるに違いありません。


 と作家自らが語るように、この技法の発見と開発は、同時に橋本さんが表現そのものを考えていくうえで実に重い創作の道理をも導き出しました。空間と時間においてはるかに大きく遠い造形への可能性の顕在化、このことは自ら金槌と当て盤を両手に持ちながら金属板を叩き続ける行為の限界性についての認知を伴っていました。それでも、自己の造形的認識力のおよぶ限りにおいて造形の全体像を結び、その生成と増殖を継続的に展開させていくなかで、鍛造という行為のうちに現れてくる構造そのものを作品化しようとしました。

 このことは、銅板という素材自体を作品構造として組み立てていくということです。素材の性質を遍く受け入れることで素材自体を作品構造にとって不可欠な造形要素として明確化する在り方、つまり鍛造の過程と表現する自我(それは固有の思考であり身体でもある)とを同定することで形を作り出そうとしているのです。

 この独自な鍛造の方法は、あたかも生命が成長するように、その存在と創作活動を合致させるべく志した作家が採り得た技法の必然的な帰結でもあったのです。

山口県立萩美術館・浦上記念館 学芸課主査/石崎泰之


搬入・展示の様子
4月13日、10tトラック 4台で作品が萩に到着。
作品の汚れを落とす、作家の橋本真之さんと奥様。
搬入口から大人数で作品を持ち上げ設置する。
萩の若手作家も搬入の手伝いにかけつけた。初めて目の当たりにする橋本さんの作品に驚愕・・・。
展示中に訪れた三輪和彦さん。
山口県立萩美術館・浦上記念館、担当の石崎泰之さん

橋本 真之(はしもと まさゆき)
鍛金造形作家。昭和22(1947)年11月18日、埼玉県上尾市生まれ。

略歴

1970年 東京芸術大学美術学部工芸科・鍛金専攻 卒業

1971年 初個展(東東ときわ画廊)

1976年 《運動膜》のタイトルによる最初の個展(ときわ画廊)

1982年 個展(東京・お茶の水画廊)

1983年 たまがわ野外彫刻とテキスタイル展(二子玉川)出品

1985年 筑波国際環境造形シンポジウム(筑波研究学園都市)出品

1987年 時間の肖像展(東京ギャラリーいそがや)出品

1988年 個展《ラ・ベールの木のために》(柏市 la・belle)

     「花の表現」展(埼玉県立近代美術館)出品

1989年 第2回ミームプール展(東京・小原流会館)出品

     サントリー美術館大賞展’89〈挑むかたち〉(東京・サントリー美術館)出品

1990年 インサイド・アイ展(東東/京都アートセンター)出品

     「作法の遊戯」展(水戸芸術館現代美術センター)出品

1993年 「拡大する鍛金」展(栃木県立美術館)出品

     「手わざと現代」(埼玉県立近代美術館)出品

     「金属とガラスの造彫」(神奈川県民ホールギャラリー)出品

1994年 「かたちとまなざしのゆくえ」(川崎IBM市民文化ギャラリー)出品

     「現代美術の磁場」(茨城県つくば美術館)出品

1995年 「第30回今日の作家展」(横浜市民ギャラリー)出品

     「第16回現代日本彫刻展」宇部市野外彫刻美術館賞・埼玉県立近代美術館賞

1997年 「第17回現代日本彫刻展」山口県立美術館賞

     「合理的な迷宮」(東京マスダスタジオ)

1999年 「工芸オブジェの系譜」(東東国立近代美術館工芸館)

2000年 「越後妻有アートトリエンナーレ」(新潟県・松代町)

     「知覚するかたち」(福井県立美衛館)

2002年 「現代日本の工芸一素材と造形思考」
     (クアラルンプール・ペトロナスギャラリー、ジャカルタ・ナショナルギャラリー)
     出品[国際交流基金事業]

2003年 「アーティストプロジェクト1 成長する造形一橋本真之《果実の中の木もれ陽》」
     (埼玉県立近代美術館)

2004年 個展《橋本真之展》(東京コンテンポラリアートNIKI)

2005年 「アルス・ノーヴァー・現代美術と工芸のはざまに」(東京都現代美術館)


その他、グループ展、個展多数。


◆詳しいお問い合わせ先◆  山口県立萩美術館・浦上記念館
〒758-0074 山口県萩市平安古586-1  TEL:0838-24-2400/FAX:0838-24-2401