第1部:第4回・窯焚きの実際
文:斉藤武男

=神に析りを捧げて=

 正月気分がまだ抜け切らない1月12日午前3時、眠い目をこすりながら窯場に着くと兼田昌尚さんはもう準備を整えていて、間もなく窯焚きが始まるところ。前日掃き清められた窯はしんとして、神秘性すら感じられるほどでした。
 いつも思うことなのですが、普段の窯は表面にひぴが入っていたりして、まるで死んだように無愛想なものなのです。それが今日はまるで別人(?)のようにきりりとして緊張感に溢れているのです。眠気なんかいっぺんに吹き飛ばざれてしまいました。
 胴木窯の上には塩水の入った自作の抹茶茶椀と一枝の榊、それに徳利に入ったお神酒が二本供えてありました。
 兼田さんはおもむろに、そしてやや照れ臭そうに、窯に向かって榊で塩水をまき柏手を打ちました。窯の神に敬虔な析りを棒げるおごそかな行事なのです。
 日頃は現代美術を語り現代音楽に親しむ兼田さんが、真面目くさって古式の神事を司るのを目にして、なんだか滑稽な感じがしないでもありませんでしたが、いつの間にか不思議な緊張感に包まれたてしまったのでした。


=胴木窯の火入れ=

 午前3時30分、祈りの儀式が終わるといよいよ窯に火が入ります。胴木窯の焚き口に小割の薪を10数本組んでそれに火をつけます。前号で触れたように、最初は少しずつ、湿気をとる程度に焚いていかなければならないのです。
 兼囲さんの登り窯は三連式で袋が三間あります。灰窯、二間、三間と続くわけです。これらの窯は横にそれぞれの焚き口がついているので横焚きと呼んでいますが、その三つの焚き口にも数本の薪を入れ積焚きをします。これは窯の中の湿気をとるのと同時に、窯の入口を塞いだ粘土を乾かすためでもあるのです。
 さて登り窯の燃料には赤松の薪が一番適しています。赤松は火力が強いし炎の長さが長いのです。焼物は、特に窯変などが出るためには、炎が長いほど良いと言われています。登り窯の炎は胴木窯の最盛時には二間、三間の窯にも火柱が届くほどです。
 やがて夜が明け、胴木窯に投入する薪も少しずつ量を増やしていき薪も徐々に太いものを使います。


=炎の魅力=

 日が幕れて、やがて夜が来ると窯焚きもいよいよ本格的になってきます。お父さんの三左衛門さんのお弟子さんで、今は独立して作陶活動をしている五十嵐茂典さんも手伝いに駆けつけました。彼は兼田家の窯焚きの都度必ず応援に来てくれるとか、彼の師に対する恩返しの気持なのでしょう。
 胴木窯には2人がかりで太い薪を両側から投げ込みます。片寄らずにまんべんなく投げ込まなけれぱなりません。
 一通り投げ込むと燃焼させるまで待ちます。燃えきって温度が下がる直前を見計らって、また投入を始めるのです。これをあまり急ぎ過ぎると、おき火がたまり過ぎてス穴が詰まったりします。これを防ぐために鉄製の長い火掻き棒で、ときどきおき火を掻きならすこともあります。
 薪の投入が始まると窯は猛烈に黒煙を吐き出します。この黒煙が高く立ち昇る様はなかなか壮観です。温度が上がるにつれて、赤みを帯びていた炎の色が、白く輝いて見えるようになります。
 そんな時、炎の魅力に引き込まれ、無意識のうちに夢幻の世界をさまよっている自分にふと気がつきます。長い間見とれていると、目が痛くなってしまうほどです。
 疲れた目を休ませるために窯場を出て遠くを跳めると、家々の明かりが緑色に見えてしまいます。これは網膜の残像現象としてオレンジ色の補色である縁が浮かび上がってくるからなのでしょう。

=胴木窯の仕上げ=

 火力が強まるにしたがって、酸素の必要量も多くなります。ボーッ、ボーッ、ボーッと断続的に空気を吸い込む音が聞こえ、窯が呼吸をしているのです。まわりは物音一つなくしんしんと夜が更けていき、静寂の中に薪を投げ込む音、薪が弾ける音、炎が燃え盛る音などが心地よいリズムを奏でる中で黙々と作業が進んでいきます。
 灰窯の中で、赤く並んでいた焼物が、いつの間にか白い光沢を見せ始めてきました。もう温度は1,000度をとっくに越えているのでしょう。
 最近は登り窯も温度計を使ってチェックするケースが多いのですが、兼田さんは温度計を使うのは嫌いらしく専ら勘を頼りに火の色で判断しています。
 胴木窯の炎も最高潮に達し、各袋の焼物達に充分なエネルギーを与えたと判断を下していよいよ灰窯に移ります。火を入れて19時問10分経った22時40分、最初にしたように胴木窯の焚き口に榊で塩水をかけ、柏手を打って感謝を棒げ、つぎに灰窯の焚き口で祈りを捧げます。この儀式は二間、三間と同じように続けられるのです。


=横焚きの始まり=

 いよいよ横焚きの始まりです。煉瓦で塞いでいた薪の投入口を開けると火傷をしてしまいそうな物凄い熟気が伝わります。この投入口は縦が40センチあまり、幅15センチ、ここから小割にした薪を投げ込むのです。
 火床の長さは3.5メートルあまり、ここに温度差のないようにまんべんなく薪を投げ込みます。投入口に近いところは外気に触れるため幾分温度が下がるので、少し多めに薪を入れるのがこつなのです。窯に近づき過ぎると火傷をし、離れすぎると仕事になりません。焚き口を開けているので温度が下がるため素早く投げ込まなくてはならず、なかなか熟練がいる作業です。
 1回の投入量は二束、投入が終わると煉瓦の蓋を閉め燃焼さぜます。炎が落ち着く頃を見計らってまた蓋を開けて薪の投入を始めます。これを何度となく繰り返し、除々に温度を上げていきます。黒煙が消え完全燃焼が始まると温度が上昇しますが黒煙が上がる不完全燃焼の状態が還元、完全燃焼で酸化となります。だからこの薪の投入のテンポによって、酸化、還元の調整をすることになります。
 とは言っても、登り窯の場合は複雑な要素をはらんでいて、部分的な条件の違いもあり、計算の成り立たないことも多いようです。このあたりが登り窯の面白いところで、制御し難い部分もある反面、予想外の好結果を得たりするわけです。
 だから窯焚きが順調に進んで、さぞ良い結果が出ると期待していて、窯出しして見てがっかりしたり、反対に窯焚きで難行して、今回は失敗だと諦めていたときに良い作品が出てきたりということになったりします。

=柔らかな肌合いの持つ温かみが萩の特徴=

 夜半過ぎに夜食が出てきました。奥さんの手作りのうどんです。見学に来ていた兼田さんの教え子の学生達もお相伴。冷えきった空気の中で、あつあつのうどんを、ふうふういいながら頬ばるのも他では味わえないなかなか乙なものなのです。
 釉薬が融けるのは1,000度を越えるあたりから、窯の中を覗いてみると釉薬が融け始めたのが、焼物の肌が透明感をもって光り始めたことで分かります。白い輝きを発しながら最後の瞬間を待つ焼物達は、とても表現しきれないほど、それは美しいものなのです。そんな状況を見ると、いろんな場で焼物の神秘性が情緒を込めて語られたりするのも、無理からぬような気がします。
 この頃になると窯焚きの作業に、張りつめた緊張感がみなぎります。
 萩焼の場合、陶器の肌の持つ柔らかみが特徴になっています。その柔らかな肌合いが温かみとなって、使う人の心を打つのです。
 焼物は焼けば焼くほど、土が焼き締まって固くなります。備前や信楽のように焼き締めの魅力をもつ焼物もあり、焼き締めるほどに良さを増すものもありますが、萩の場合は焼き締め過ぎると柔らかみが失われ、独特の味が薄れてしまいます。
 そこで釉薬が融けた頃を見計らって火を止めるタイミングがとても大切なのです。とは言え、登り窯のような原始的な窯は、とても不安定で、中の温度も一定しません。そこで前号の釉薬の項で述べたように、経険によってつかんだ窯の癖、すなわち温度差をあらかじめ計算して釉薬の強弱を使い分けるのです。それでも焼き過ぎたもの、焼き足らないものも出てしまうのも当然なことなのです。登り窯はロスが多いと言われるゆえんです。

=登り窯の魅力=

 最近は科学的に進んだガス窯や電気窯が普及して、おまけに温度の上昇曲線もコンピユーターで制御できるようになり、効率良く焼成作業ができるようになりました。兼田さんも素焼きはコンピユーター制御による電気窯を使いこなしています。
 しかし釉薬をかけての本焼きはこのように登り窯を使います。萩焼のように土と釉薬の味を生かした焼物には、赤松の薪で焼く登り窯が一番です。特に、後に述べる灰被りや藁灰釉にかかる窯変は登り窯の独特のものなのです。
 最近は科学薬品を使ってそれらしく見せる方法もあるということですが、やはり本来の窯変による美しさにはかなわないようです。
 この窯変は、藁灰釉をかけた作品を炎が直接当たる場所に置くことによって起こります。真っ白い釉薬に、ほんのりと浮かぶピンクの窯変は、萩焼の代表的な美しさの一つになっています。
 しかしどんな作品でも、登り窯に限るというわけではありません。登り窯の味をものともしない造形的な表現もあるわけですし、とくにご三輪龍作さんの金色に輝く卑弥呼なんかは登り窯を使う意味は全くないわけです。ほかにも加藤重美さんのように、電気窯に薪を併用して独自の作品をものにしている作家もいます。
 もちろん三輪龍作さんの金彩のシリーズや加藤重美さんの作品を萩焼の範疇に入れることには異論もあると思いますが、このことについてはまたの機会に述べてみたいと思います。
 萩焼の柔らかみは吸水性も持っています。萩焼は使うほどに、茶渋などが染み込んで変化します。これによって深い味が出てくるわけです。ところが最近のもの、特に大量生産の作品には急激に変化、というよりもあっという間に真っ黒に汚れてしまうものを見かけることがあります。
 土が高熱によって焼物という、全然異質なものに変化するのですが、焼成時問が短かければ、表面の釉薬は融けているのですが、中の土は充分に焼物に変化していない。すぐ汚れてしまう萩焼の秘密はこの辺にあるのかも知れません。コスト的には焼成時問が短いほど燃料費が安くて済みますから、経営としては有利な焼き方だと言えるのでしょう。この点、登り窯の場合は、胴木窯にたっぷり時間をかけることによって、土焼き物に変えるだけの充分なエネルギーが与えられるのです。
 とは言っても、ガス窯や電気窯の作品を粗悪だと決めつけるのはどうかと恩います。このあたりのことも考慮にいれて、個性的な優れた作品を生み出すことの可能性は充分にあり、要は作品に対する作家自体の取り組み方の問題なのではないでしょうか。

=灰窯の仕上げ=

話がまた横道にそれてしまいましたがお許しください。さて本題にもどして、灰窯の中の焼物達は益々輝きを増し、炎も白く光っています。そろそろ釉薬の融け具合をチェックしなけれぱいけません。それには色見というテストピースを使います。
 ころ合いを見て兼田さんは、テキを使って色見穴から、真っ赤に灼熟した色見を引き出し、水を入れたバケツにじゃぼんと漬けます。水で冷ました色見を手にとり「ほとんど良いな」とつぶやくと窯の反対側に回りました。奥のほうの色見を取り出すためなのです。同じようにバケツに漬けて手に取り、今度は「奥の方が負けている。」と皆に知らせたのです。言い忘れましたが、薪の投入はきつい仕事なので交替で行うのです。それからは薪の投入は窯の奥側に重点が置かれました。
 しぱらくたって二度目の色見です。全員の顔に緊張感がみなぎります。「よし、もう一束だけ行こう。」と兼田さんが叫び、みんなの表情に安堵の色が浮かびました。
 このときの温度は1,250度くらいだということです。最後の一束の投入が終わると窯の口を煉瓦で閉じて、また、次の窯に移る儀式が始まります。同じように榊で塩水をかけて清め柏手を打って祈ります。この頃になると、最初に感じた違和感は消え、この儀式を必要不可欠のものとして信じきってしまっているから面白いものですね。

二間目で狙う灰被り

午前1時45分、二間の窯焚きの開始です。灰窯の所用時間は3時間5分でした。
 兼田さんの二間の袋には灰被りを狙った作品が入っています。灰被りは灰かつぎとも言いますが、これは直接火床に作品を並べておいて、そこにたまったおき火の中に作品を埋もらせることによって、その灰を自然釉にするのです。灰の被り方によってはなかなか味わいのある景色となり、情緒豊かな作品が生まれます。
 最初は、偶然に転んで火床に落ち、灰に埋もれたものに面白さを発見したのでしょうが、現在では意識的に灰被りを狙って焼いているわけです。
 兼田さんも、茶碗や水指、花入などの現代的な造形に、この灰被りの技法を生かした作品に挑戦しています。
 直接火床に作品を並べるわけですから、投げ込んだ薪が当たって、倒れたり、壊れたりする確立も高いわけです。兼田さんの場合、窯の二間目の火床の幅はいくぶん広くとっていて、灰被りの作品はこの袋で焼いています。それでも、作品を置くために薪を投入する場所は極端に狭くなり、薪が作品に当たらないように細心の注意と熟練が欠かせません。

=登り窯の複雑さ=

 このようにして、いよいよ最後の三間目にとりかかったのは4時30分。最初の火入れから25時間が経ちました。さすがにこの時間になると皆の顔にも疲労の色が漂っています。薪の音と炎の燃えさかる音が、ひときわ静寂を際立たせている中で、お父さんの三左衛門さんも最後のがんばりを見せています。
 登り窯には煙突のついているものもありますが、兼田さんの窯は煙突は使わずに煙がそのままス穴《兼田さんはこれを”吹かせ”と呼んでいます》を通って出ていきます。煉瓦などによる吹かせ穴の塞ぎ方によって空気の調節をしているのです。ここから炎が火柱となって燃え上がるさまは壮観です。
 登り窯の場合、先にも述べたように窯の積み場所によって温度差があり、一般的に窯の中の上の方は火が強くて焼き締まり、下の方は温度が低く吸水性の高い柔らかみのある作品が生まれます。したがって、花器などのように、ある程度堅く焼ける方が良いものは温度の高い場所に、茶碗のように柔らかな焼きあじが必要なものは温度の低い場所に置くわけです。
 とくに通常御本と呼ばれている赤い斑点などは火力の強いところでは出にくいし、井戸茶碗のカイラギも消えてしまいます。だから窯積みのときに、作品によって置き場所を考えながら決めていくことが大切です。
 焼成時間は窯の大小によっても違うし、湿度によっても変化します。だから梅雨時などは温度の上昇に手間取り、焼成時間が長くかかった割には結果が良くなかったりすることが多いようです。また風向きや風の強さなども大きな影響を与えることが多く、登り窯は扱いにくい、やっかいな窯だと言えるのかもしれません。
 しかしそれを超えるだけの魅力を登り窯は充分に持っているのです。さて、話がまた横道にそれてしまっていたうちに、いつの間にか夜明けを迎えようとしています。吹き出し口からの火柱はますます盛んとなり、いよいよ大詰めも近づき、薪の投入にも力が入ります。

=打ち上げのビールが旨い=

この頃から、工房では起き出してきた奥さんによって饗宴の準備が始まります。奥さんと一緒に三女の怜奈ちゃんが起きてきたのには驚いてしまいました。怜奈ちゃんは窯焚きが大好きで窯焚きのときはいつもこのように早起きするのだそうです。兼田家にとって、窯焚きは一種の祭りであり、その雰囲気が幼い玲奈ちゃんをはなやいだ気分にさせるのでしょう。
 いよいよ最後の薪が投げ込まれ無事に窯焚きが終了。安堵の空気が流れる中で神に感謝を棒げます。時計はちょうど6時30分を回ったところ。焚き始めてちょうど27時間が経ったことになります。薪などが散乱していた窯の周囲が手際良く片付けられ、皆で掃き清められていきました。
 窯は密開したままで徐々に冷ましていきます。窯出しは4・5日後、できるだけよく冷ましてからでないと、荒い貫入が入ったり割れたりする恐れがあるからです。その間、兼田さんは新作によせる期待と不安で落ち着かない毎日を過ごすのです。
 さあいよいよビールで乾杯。旨いんだなあ、これが。今日の御馳走は出雲のファンの方から送ってきた鴨鍋。そんなこんなで帰りは代行運転のお世話になったことは申すまでもありません。


【参考文献】
●山口県埋蔵文化財調査報告131号集「萩焼古窯」〜発掘調査書〜発行/山口県教育委員会・日本工芸会山口支部●日本のやきもの6「萩」吉賀大眉著・発行/淡交社●現職陶器大辞典・加藤陶九郎編・発行/淡交社