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文:斉藤武男
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=萩焼の基本的な原土= |
| やきものにとって、素材としての土はとても大切なものなのです。とくに茶陶としての萩焼のもつ独特の土の味あいは、古くから茶人に親しまれてきたものです。ここでは萩焼の土について触れてみたいと思います。 やきものの盛んな日本では、やきものの土はいたる所で採れています。特に瀬戸や信楽、有田や備前などの古くから栄えたやきものの産地は、すぐ近くに良質の土に恵まれています。これは良い土のある所でやきものが生まれてきたからでしよう。 ![]() その点萩焼の主な土である大道土は、萩からかなり離れた所、いまの新幹線小郡駅の近くの防府市大道や山口市鋳銭司四辻(スセンジヨツツジ)などで発掘される、砂礫の多い青白色を帯ぴた粘土なのです。年代ははっきりしませんが、かなり早くから使われていて、山道を馬で、あるいは海を船で運ばれてきたということです。 このように、土の産地から遥か離れた所に窯ができ、やきものが発展した例は珍しいと言えるでしょう。これは毛利藩の藩窯として、藩の庇護のもとに萩焼が展開していったからのことなのです。萩地方にも、やきものに適した土は数種類ありますが、この大道土ほど鉄分の少ない、耐火度も可塑牲もあるという条件の良い土はなかなかないようです。ただ残念なことにこの土は、薄い層で分布していて、無尽蔵に掘り出せるというわけにはいがず、また析角の分布地帯も、開発によって建物や設備などが出来ていけば、もう掘り出すのは不可能になってしまいます。したがって日本で最も高価な陶土だと言われています。 萩焼は茶陶として、とくに土味の良さが尊重されていますが、それにはこの大道土が不可欠なもので、この土の長所を生かすために、更に他の土を加えたりして工夫をこらし、窯元や作家ごとに独特の胎土をこしらえているのです。 この大道土のほかに萩焼の基本的な原土として、萩焼の窯元の全部が使っているものに金峯土と見島土があります。 ![]() 金峯土は萩から津和野に向かう途中にある、萩市の隣村、阿武郡福栄村の金峯山で採れる黄白色の粘り気のないカオリンの一種です。大道土よりも早くから使われていたと言われるもので、耐火度が高く、音通大道土にこの土を10%から20%混ぜて陶土の耐火度を高めます。また、この土は粘りがないことから、高台の仕上げに適しているそうです。このように目的に合わせて土ごしらえをすることも大切なのです。 萩の死火山笠山が、その昔噴火した時にできたと言われる見島は、萩から40数キロ離れた日本海の孤島です。ここで採れる鉄分の多い火山系の赤土が見島土です。軽くて粘りが少なく、耐火度も低いので単味では便えませんが、大道土に適当に混ぜて三島手や刷毛目、粉引手などに使われています。萩焼のほとんどがこの見島土を使った素土に化粧掛けを施していて、この土も大道土とならんで萩焼にとって欠かせない大切なものであると言っても良いでしょう。 |
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=その他の萩焼の原土= |
| このほかに萩、深川それぞれに地土と言われるものがあり、それぞれの窯の近くにいろんな土があって、大道土に混ぜてその特徴を生かしています。 萩で古くから使われていたものに小畑土があります。これは兼田昌尚さんや岡田裕さん達の窯場のある萩市前小畑で採れるもので、その中の小畑磁器土は、文化文政の頃栄えた萩の磁器、小畑焼の原料となったものです。その種類には強土、弱土、大弱土などがあって、釉の中や他の土に混ぜて使われたり、化粧土としても使われてきました。とくに大弱土は小畑長石の風化したもので白萩釉の中に入れられて重宝されてきました。 別にここで採れる土に、いわゆる小畑土と呼ばれる赤坂土があります。おもには窯道具類の材料に使わ れてきたものですが、鉄分の多いものは、大道土に入れて紅萩手のものに使われてきました。このほか、中の倉の坂窯の屋敷内から採れる赤色系の坂家の土なども使われています。いっぽうの深川三ノ瀬でも色々な地土が使われてさました。主なものに御所原土と河原土の2種類の土があります。御所原土は長門市西深川御可原で抹れるもので、黄白色の砂の多い粘り気のない土で河原土と混ぜて使います。その河原土は粘り気の強い粘土で、耐火度も強くこの土だけでも使えますが、普通御所原土に混ぜて使われています。とくに深川白と呼ばれる藁灰釉によく使い、深川窯の食器類で藁灰釉の掛かったものには、ほとんどこの土が使われてきました。 このほか長門市深川湯本四ノ瀬の耐火性の弱い土で、主に筆道貝に使われてきた四ノ瀬土。同じ四ノ瀬から出るもので、釉に使っていた生丸(イカマル)とも呼ばれる四ノ瀬ハケや、地元の三ノ瀬の米山寺の裏山の鉄分の多い赤土である米山寺土。これは見島土が使われる以前に素地土として使われていたということです。また三ノ瀬の奥の弥十郎の山から出た弥土郎土や長門市渋木大峠から出る大峠土などがあります。 しかし現代の深川でももっぱら使われる土は、萩と同じように大道土、金峯土、見島土であって、これらの地土はほとんど使われていないようです。 |
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=胎土の作り方= |
掘り出されてきた大道土は大小の砂礫をたくさん含んでいるので、普通はそのままでは使えません。だがらこれを良く乾燥させて粉砕し適量の金峯土を混ぜ合わせて水槽に入れます。撹拌して小さな粒子が浮 かんで濁った水を、次の水槽に移し替え、さらに二次、三次の水槽に移します。そうすると最初の水槽には砂礫が残り、次の水槽には徴粒子の粘土が沈殿します。この方法を水簸(スイヒ)といいます。水簸によって沈殿した泥漿を汲みあげて素焼きの盛り鉢に入れ、適当な堅さに天日で乾燥させて胎土を作るのです。 水簸による沈殿の過程の中で、ごくきめの細かいものや、やや荒目のものという風に、色々作り分けができるのです。また最初の水槽に沈殿した砂礫を取り出して乾燥させ、ふるいの目によって大小を選り分けて好みに応じて胎土に混ぜます。原土の荒石やごみなどをふるいにかけて、そのまま使うという方法もあります。こうして砂礫を多く混ぜた土で作った豪快なものを鬼萩と呼ぴ、それにたいして、きめの細かい土で作ったものは姫萩と呼ばれています。 次の段階は土練りです。水簸して乾燥した粘土を、板張りの踏み台で素足で踏みます。古くからの方法 で先ず土を積み上げて、それを外側から足で踏んで円形に延ばします。それをまた山に積み上げて踏み込んでいくという、この同じ作業を何度も繰り返します。また見島土を適当に混ぜるのも、この土踏みの段階の作業なのです。冬の寒い日など、冷えきった陶土を、素足で踏む作業はとても辛いものです。人間国宝の三輪休雪さんの鬼萩茶碗は、砂というよりも、まるで石ころともいえる大きな粒子のものが混ざる豪快なもので、今でも休雪さんは自らこの土踏みをやっているんですが、荒石で足の皮が破れたり切れたりして、文字通り血の滲む厳しい作業なのです。これはロクロによる水引きの際も同じで、荒石で手に血を滲ませながらの創作は壮絶そのものです。 このようにして完成された休雪茶碗が、豪快で情熟的な激しさを持っているのは当然かも知れません。また同時に思いがけないはどの優しさと温かさを秘めているのは、休雪さんの土に対するひたむさな愛情 と、創作に対する真摯で熱い思いがこもっているからだと思います。話は少しそれてしまいましたが、この足踏みした土を土練り台でロクロ1台分くらいずつに分けて両手で充分に揉みこむのです。この揉みこむときの土の形が、菊の花びらの形に似ていることから菊練りと呼ばれています。このようにしてできた胎土を、かめなどに入れて長い間ねかせておくほど、ますます可塑性が増し作りやすくなるわけです。 最近はほとんどの窯元が機械化して、この土踏みの段階を真空土練機などの機械による土練りで便利にはなっていますが、中には休雪さんのように、土踏みも自分の創作の過程として大切にしている作家もいるわけです。いずれにしても、土の具合を確かめながら、制作のための心の準備をするためにも、手による充分な土揉みは欠かせないことなのです。 |
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=萩焼の成形= |
やきものの成形の基本になるのはロクロによる水引き成形です。萩焼のロクロは、唐津などと何じ朝鮮式の蹴ロクロで、足で蹴って回転させます。瀬戸地方などでは中国式の手ロクロを使っていますが、これはロクロ盤の周囲に穴があいていて、この穴に棒を差し込んで回転させます。この手ロクロは止まるごと に、棒を差し込んで回さなければならないので不便ですが、蹴ロクロは足で回転のスピードを調節しながら両手を便えるのでとても便利です。最近はモーターを使った便利な電動ロクロが一般には普及していますが、とくに茶陶の場合は、手足の動きが自由に調節できる蹴ロクロが使われる場合が多いようです。いずれにしても蹴ロクロの場合は、手足を同時に動かすので体のバランスがとりにくく、自由に扱えるように熟練するまでには相当な年月がいるということです。 小さなものはロクロに直接置いて制作しますが、大きな作品の場合は、亀板という台板をロクロ台に粘土で固定して、この上で成形します。 ロクロにのせる土は、良く練らないといけないのは前の項で述べたとおりです。土が良く練れていないと作品に気泡ができたり、歪んだり、焼成のときに割れたりしてしまいます。 ロクロでの成形が終わると、糸切りをしてロクロから離しますが、その糸は藁芯をよったものなどが使われています。その糸切りの跡もまた美しいものなのです。 ![]() 仕上げは水引きした作品を、ある程度乾燥させてから行います。とくに高台が見所になる茶碗の場合、高台や高台の内外の削り面の表情も、乾燥具合で徴妙に違うので、この乾燥の度合いが大切な条件になっています。 通常の仕上げは、陶枕(トチンと呼ばれています)という陶器の台の上に適当な塊の土をつけ、それに器を伏せていろんな種類のカンナで削りながら仕上げます。ロクロによる成形のほかに、手造りによる方法があります。獅子や布袋などの置物、また香炉や香合などが、昔から萩焼の手造りの代表的なものになっています。 紐状の粘土を積み上げて成形する紐造りや、角物の場合に粘土板を張り合わせて作るタタラ造りなどがあります。また土の塊で直接形を作り、中をくりぬいて空洞にする方法もあり、この方法に現代感覚を生かした三輪龍作さんを代表とするオプジェや兼田昌尚さんの茶碗などに、萩焼の新しい可能性を見ることができます。 また昔から皿や香合などを作る方法に、押し型を使う方法があります。押し型には昔は素焼きをした型を使っていましたが、現代では石膏型が使われています。これは先ず粘土で原形をつくり、それに石膏を流し込んで作ります。こうしてできた型に粘土を押し込んでしばらくして型から抜き取るわけです。皿の場合は、適当な厚さの粘土板を型にかぶせ、良く叩き込んで成形しますが、このとき型の上に布を置いて皿に布目をつける方法がよくとられています。 近年、萩焼にも量産品が出回るようになってきましたが、これは鋳込みによる成形で、主に磁器を量産するときに用いられている方法です。これは粘土の泥漿を型に注ぎ込んで成形する方法ですが、萩焼の本質からは、遠く離れたものであると言えるでしよう。 |
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=萩焼の装飾技法= |
| 古来から現代に至っての萩焼の代表的な技法に化粧掛けがあり、エンゴベイとも呼ばれています。見島土のように鉄分を多く含んだ土は、焼くと黒くなってしまうので、生乾きの状態で白い土の泥漿を掛けて美しく見せるのです。掛け方は杓で流し掛けする方法もありますが、かめに入った泥漿に、そのままざぶりとつける潰け掛けが一般的です。 この泥漿の掛け方やご濃度の変化によって、いろいろな効果が出てきます。化粧土の濃淡によっても、また指跡なども美しい景色になるわけです。この化粧土には、大道土や朝鮮カオリンなどを使いますが、この割合の違いや焼成の仕方によって、粉引き風になったり、枇杷色になったり青みを帯ぴたり、あるいは御本手風の窯変が生まれたりするのです。 しかし、これにもなかなか微妙な計算が必要で、素地と化粧土とに共通性を持たせたり、収縮率を合わせるといった工夫が必要です。掛け方も、濃過ぎると焼くときにめくれたり、逆に薄過ぎると素地の黒さが目立って美しいものにはなりません。また素地の乾きの度合いも微妙で、生過ぎるとばらばらに崩れてしまい、乾き過ぎるとひぴが入ったりしてしまいます。 この化粧土をへラなどで落として、絵や文様をつける掻き落としという技法もありますが、デザイン的な現代感覚で掛け分けたり、テープなどでマスキングして化粧を施すなど、新しい感覚による装飾的な作品も最近生まれています。 化粧土を刷毛で器の内外に刷毛でさっと塗って景色を作る刷毛目や、素地がまだ柔らかいときに文様を彫り込んで、そこに白絵土という白土を塗り込んで、少し乾かしたあとで余分に付着しているものを拭き取ると、白い文様が象嵌されている三島手などもあります。 水引きのときに竹ベラなどでつけるへラ目は、織部や瀬戸黒などの影響によるものと考えられますが、現代では三輪龍作さんの老梅茶碗や三輪和彦さんの作品などに、豪放で動的なものとして生かされています。また三輪栄造さんの鉈ですぱっと割ったような面取りも、現代的な感覚を見せてくれます。 志野や織部あるいは唐津などに見られる、鉄絵による絵付けは、古い萩焼にはほとんど見当たりません。形の上では織部の影響も強く受けているのですが、織部風の絵付けもまったく見当たらず、これは藩主の好みに合わなかったのかも知れません。 萩焼は絵付けをするものではないという概念も強いようですが、現代では鉄絵などのほか、芸大で日本画を学んだ十二代坂高麗左衛門さんのカラフルな絵付けの作品も生まれてきて、懐古派の顔をしかめさせています。しかし萩の前衛を代表する三輪龍作さんも初期には原色の釉を使っていますし、最近はいろんな作家達による金彩をはじめとした色絵のものも登場するようになっています。 作家の個性が尊重される現代の陶芸の地平で、古い概念だけによる作陶の意味がますます薄れていく現状で、新しい伝統を生み出そうとするものとしてむしろ喜ぶべきことではないかと思います。 |
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=素焼のこと= |
| 仕上げした作品は、陰干しにして良く乾燥させます。素地の内部まで完全に乾燥していないと、水分の蒸発とともに作品にひぴが入ったり、時には破裂してしまったりします。素焼する理由は、釉掛けのときに素地の溶解を防いで施釉を容易にすることと、窯の中で釉薬がめくれたりすることのないようにするためで、摂氏700〜800度くらいで焼成します。 焼き割れや冷め割れを肪ぐために徐々に温度を上げ、焼成後も急激に温度を下げないことが肝心で最近では、コンピュー夕−で自動的に温度の調節ができる電気窯やガス窯の普及で便利になりました。薪窯の場合は温度のコントロールが難しいく、かなりの熟練が必要です。 窯詰めは本焼と違って釉薬を掛けないので、火の通り具合を考慮にいれながら、効率良く何個も重ねて積むことができますが、化粧掛けしたものは化粧土が剥がれる恐れがあるので、慎重に積まなければなりません。 一度素焼をすると、いくら水に浸しても、もとの土には戻りません。だから水を吸い込んで素地が崩れることがなく、釉薬が掛けやすくなるのです。素焼の焼成温度が低すぎるともろくなりますが、かといって高過ぎれば吸水性がなくなって釉薬の吸着が悪いので、釉薬をたっぶり掛けることが困難になります。水引きした物が乾燥すると、一割近くまで収縮しますが、素焼ではほとんど収縮しません。 |
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=釉薬について= |
| 萩焼の釉薬には長石の粉に木灰を混ぜた透明釉と、これに藁灰を加えた白釉が主流になっています。深川ではこれ以外に、飴釉や鮫釉、なまこ釉や黒釉なども用いられていましたが現在はほとんど使われていません。 透明釉は土灰釉とも呼ばれています。これに使われる長石は、昔から使われてきたものに、防府市牟礼(ムレ)の浮野(ウケノ)長石(別名烏の歯ともいう)と萩の小畑長石があります。しかし最近はあまり使われなくなり、現在では主に福島長石や三河長石、南郷長石などを使用しています。この長石を水車や台が羅白で細かく粉にしたものを、更に水簸して使います。 木灰は杵(イス)や樫(カシ)、楢(ナラ)やその他の雑木の灰をふるいにかけたものを水簸して徴粒子を沈殿させます。いずれにしても、この作業を丁寧にしないと、釉の発色も良いいものにはなりません。 このように、よく精選した長石と木灰を同じ濃度にして、柄杓で分量を計りながら混ぜ合わせます。長石の分量がが多いほど釉が溶けにくくなるので、窯の中の場所による火の強弱に応じて、その割合を変える必要があります。例えば、長石十杯に木灰三杯で強釉、木灰五杯で中釉に、木灰八杯で弱釉になるというふうに…。 木灰は以前は自家の風呂や竃の灰や炭焼き窯の灰を使っていましたが、生活様式の近代化にともなっ て、灰も採れなくなり、宮崎方面から杵灰を取り寄せたり、釉薬会社から買ったりしているようです。休雪白に代表される白釉は、普通白萩釉と呼ばれている藁灰釉です。これは藁に含まれた珪酸によって白濁して不透明になるものです。標準的な調合の例としては、長石三杯、木灰三杯に藁灰四杯という比率がありますが、藁の種類によって割合が変わるようです。 藁は農家で買いつけたものを田圃で焼いています。このときに白くなるまで焼いてしまうと融点が低くなるので黒い状態で止めることが大切です。この灰を台唐臼でついて、きめの細かい粉未にして使うわけです。 この藁灰も、最近では釉薬会社から買う窯元も増えたようですが、やはり科学薬品や不純物が混入ている危険性もあって、また藁と農薬との関係もあって、田圃を選定して自分で作る窯元も残っています。 いずれにしてもこれらの釉薬を、できるだけ長期間寝かせながら使っているということです。 施釉は突込み掛けというつけ掛けが一般的で、これは壷などに入れた調合した釉薬に、作品を浸して速やかに引き上げます。このとき、器の内部に空気が入っていると、その部分には釉が掛からないので、空気を抜きながら引き上げるこつが必要です。 高台内も含めて、全体に釉が掛かったものを総釉と呼びますが、これはずぶ掛けともいい、釉を掛け残して、高台の内外に素地を見せたものを土見せと呼んでいます。とくに茶陶の場合は単純な形であるだけに、釉掛けによる景色を美しく見せるためにも、細心な注意が必要になってきます。 釉掛けは通常は素焼きの上に施しますが、作品によっては素焼きをせずに、生の素地に釉をかける生掛けのものもあります。例えば井戸茶碗の見どころとされている、カイラギは生掛けでないと出にくいものです。この場合は乾燥の程合いが大切で、破損率も高く、かなりの熟練が必要だということです。 このほか、突込み掛けが不可能な大きな作品や、流し掛けによる変化をねらう場合などには、ひしゃくを利用する柄杓掛けが効果的な場合もあります。最近では大きい作品などの場合、エアースプレーを利用する方法もあり便利になっています。 |
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=萩の登り窯= |
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萩焼の窯は傾斜地を利用した朝鮮式の連房式登り窯です。唐津などでは、割り竹式と言って、竹を二つに割ったものを伏せたような形で、竹の節の部分が隔壁となって、各室に別れています。連房式は各室が蒲鉾のような形で、それが斜面に沿って横につながっています。
(次号へ続く) |
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【参考文献】
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| ●山口県埋蔵文化財調査報告131号集「萩焼古窯」〜発掘調査書〜発行/山口県教育委員会・日本工芸会山口支部●日本のやきもの6「萩」吉賀大眉著・発行/淡交社●現職陶器大辞典・加藤陶九郎編・発行/淡交社 |