山口県立萩美術館・浦上記念館の茶室は、現代建築の奥まった一角にガラスで仕切られた部屋の中にある。二重箱構造である。茶室は二方の囲いがなく、外囲いのガラスを通して外光が部屋の隅々に届く。数寄屋風サンルームの体である。
半年前だったか、この茶室を自由に使ってみませんかとのお誘いをいただいた。それでは水指、柄立、建水の皆具のみならず、風炉、茶入、茶碗、蓋置、菓子鉢、その他思いつくままにすべての茶道具を作ってみましょうとお引き受けした結果が、野暮な茶陶フルセットの誕生となったしだいである。
私と茶陶の繋りは浅い。意図的に距離をおいてきたようにも思う。しかし決して無縁ではなかったのである。それどころか、早くから私の創作の核の部分には、15世紀中葉の茶人村田珠光の存在があった。珠光が、弟子の古市播磨に与えた「心の文」、その一節に「この道の一大事は和漢のさかいをまぎらかすこと肝要」とある。さてこの「さかいをまぎらかす」とわ。更につづめて「まぎらかす」という言葉の意味するものわ。私はかつてこの一節の真意を求めて、思考の逡巡をくりかえし、漸く創作の方向性を得たという経緯がある。
陶磁の世界において、「和漢のさかいをまぎらかす」とは和物即ち触覚的陶磁と、唐物の特質である視覚的陶磁のさかいをまぎらかすことである。つまり唐物茶入と国焼茶碗を同一平面に配置し、融合と変化の面白さを追求することである。日中の歴史的な力関係を考えるとナショナリズムの臭いがしないでもないが、珠光の「心の文」が提起している問題は、極めて現代的な示唆に富んでいるといえるだろう。
茶陶ならば、考えるまでもなく解答はすでに用意されている。茶室の幽暗は、装置として、茶人を覚醒から瞑想え、即ち視覚から触覚えの移行を容易にする。
求道から享楽え。享楽から求道え。茶の湯の人達は、こともなげに二つの領域を往還する。
目で触り指で見る、初期茶人の「眼力」はすでに失われている。
私が茶陶に距離を置いた理由はここにある。