世の中には多くの人間がいます。偉い人間もいれば愚かな人間もいます。善良な人間もいれば悪い人間もいます。
これまで私の作品は人間の「生」に集中してきました。1980年代の作品は我が国の政治状況に対する個人的な抵抗であり、1990年代初期までは戦争を起こして殺戮する身勝手な人間たちの歴史について描きました。
以後、私の作品は宗教と堕胎、贅沢と驕慢、権力と愛憎、食欲と性欲など多様な社会現象と人間心理を主題に展開しました。
今回の作品も同様です。ただ作品が設置される所が違うだけです。一般的なギャラリーではなく教会やお寺のような特殊な目的を持っている空間です。そこはお茶を飲んで茶道を楽しむ典型的な空間です。思弁的で歴史ある日本茶道の風格をそなえている事実に興味をもち、その雰囲気にあう作品にするつもりでした。しかし考えはすぐ変わりました。静寂な空間で成り立つ茶会は多くのことをするものという考えにおよんだからです。
お茶をともにしながらどのような対話をしただろうか?茶碗を取り交わすなかでどのようなことが成り立ちどのような考えが行き来しただろうか?
多くの想像をしてみました。政治的交渉、ビジネス、愛、暴力、セックス、はなはだしいが殺人も起こっただろうという不敬な推測もしてみました。
その後、茶室はもう不馴れな空間ではありませんでした。床の間にも畳にも特別な意味を付与しないことにしました。
茶室が持っている表面的先入観を消して、そこに立ち寄った多くの人間と人間の行為そして考えを表現することがむしろ私のスタイルにあうと結論を出しました。
5,000個余りの色とりどりの顔は石膏型で作られていますが、それぞれ異なった表情をもつようにしたいと考えました。偉い人間、愚かな人間、善良な人間、悪い人間、豊かな人間、豊かでない人間、何もしようとしない人間が集まって住む世の中を表現してみたいと考えたからです。
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