山口県立萩美術館・浦上記念館 本館特別展示室(和風展示室) 茶室のしつらえ

兼田昌尚の茶室「且座ー稜線のムコウへ」 平成18年4月8日〜平成19年3月11日

 山口県立萩美術館・浦上記念館の和風展示室(茶室)は、アーティストによる茶室の空間表現の場として公開されています。2006年3月からは、第10回目として萩市在住の陶芸家、兼田昌尚(かねた まさなお)さんによる茶室のしつらえが展示されています。

これまでの茶室・展示作家
第1回目 三輪龍作 「三輪龍作の美学?茶室のエロティシズム」 陶芸家
第2回目 中川幸夫 「鏡の中の鏡の鏡」 生け花
第3回目 内藤 廣 「Gaudiの透ける眼差し」 建築家
第4回目 三輪和彦 「黎‐REI‐」 陶芸家
第5回目 椿 昇  「緑色的平凡」 現代美術
第6回目 柳井嗣雄 「境界―関係の通路として」 ファイバーアーティスト
第7回目 中井川由季 「真夏の月」 陶芸家
第8回目 福本潮子 「乗空の茶室一立礼の席一」 藍染作家
第9回目 橋本真之「揺らぐ日々の中に」 鍛金作家

兼田昌尚の茶室
「且坐(さざ)ー稜線のムコウヘー」
会期:2006年4月8日〜2007年3月11日

 土の塊で形を作り、後に中をくり貫いて仕上げていく手法を「刳貫」と称し、土のなりたい形と自分の作りたい形のせめぎ合いの中で、これまで機能性の有無を問わず種々塊感のある形を追求してきました。

 この度、はからずも美術館の中の茶室という場を提供されることとなりました。これほど作品の置かれる空間や配置を意識し制作したことは、かつてありませんでした。土の塊が持つ存在感を引き出すことのみ集中してきた自分にとっては、場を設定し制作するということの足枷はそれなりに苦痛ではあリましたが、未知の領域を探る喜びでもありました。

 当初、手始めに肉体的、物理的に可能な大作を手がけてみたいという欲求に駆られ、大量(4トン)の粘土を用意し、一人コツコツ制作を始めました。窯道具の大きさと自力で抱えられる量の限界のブロックを約100ピース組んで、一つの大きな塊造形のように見える作品を計画していたのですが、途中からその方法が刳貫本来の目的から外れているという反省もあって、一応完成させたものの展示は断念しました。したがって当初の予想より規模は小さくなりましたが、逆に一つ一つが凝縮された造形と、緊張感のある展示空間として収まったような気がしております。

 茶の湯において、主はしつらいを考えて客をもてなし、客は主の心を感じ取る総合芸術とよく言われますが、要は主客が和敬の中で心を込めてお茶を点てそれを美味しくいただくということに尽きると思います。そのためには茶室の中だけではなく、門の外の打ち水からそれを意識し感じ取っていかなければなりませんが、最も主の真意を汲み取りやすいのはやはり道具を取り合わせた茶室という場であろうと思います。茶の湯という概念が成立している以上、その懐は深遠で、どのような取り合わせやしつらいをしても基本的に自由であると思います。所詮、釈迦の掌の上、いかようにしようとも臨機応変に処することのできるものだと言えます。

 この茶室ではしつらえるものの作り手自身、つまり私が主となって、茶室の床と四畳半に2点、隣接するバルコニーに2点配置しました。また入りロ近くの陳列棚にも1点置かせていただきました。タイトルの「且座」は禅語の「且座喫茶」からとったもので、茶道七事式の一つでもありますが、自分的には「とりあえず座って眺めて見てください」という意味合いで使いました。そしてそれぞれの配置した作品の稜線(かたち)を通してそのムコウに見えてくるものに思いをめぐらしていただければと「稜線のムコウヘ」という副題をつけました。観る側の自由な解釈に委ねてみたいという思いと、目の前に配された前景を通して、前景には現出しない無限に広がる意味関連の世界に道を開くという想像の営みをテーマにしてみたかったのです。

 因みに私は宇宙物理学の関連本を睡眠剤代わりによく読んでいますが、その中に中国漢時代の書物『潅南子(えなんじ)』から「天地四方これを宇といい、古往今来これを宙という」という文節が引用され、空間的、時間的ひろがりをあわせたものが宇宙であると述べられたものがありました。茶室内外の空間と時間、道具と所作による一連の情景と哲学は、目から意識の領域へ、あるいは俗から聖なるものへと移行していく神秘体験に近いものがあり、知的生命体としての人間の宇宙感にどこか組み込まれているような気もして、今展の作品に宇宙的なイメージを重ね、それぞれに「天地四方、古往今来」の中から文字をランダムに付随することにしました。

 自然、偶然、必然によって立ち上がる土の稜線(かたち)は、窯の中でより強固なものとなって生まれ出で、次なる造形へと自身を誘ってくれます。萩にあって伝統的な素材や技法を駆使しつつも、やきものの本質を明確にして行くことが問われる昨今、このたびの制作展示を機に自身がより深化していくことができればと願っております。

兼田昌尚(KANETA Masanao)

 茶の湯は、思想や信仰、文学、演劇、美術、工芸、そして飲食や衣装といった民俗・生活文化などのさまざまな領域によって成り立った、非常に幅の広い教養や意識というものを背景とした、室内芸能ともいわれています。

 そういう意味合いで捉えれば、茶室は、茶の湯という芸能の舞台に瞼えることができるでしょう。このことはまた、茶室という空間が、茶の湯の文化の伸展とともに形成されてきた、室町時代以来の建築スタイルであることからもよくわかります。

 さらにもう少し踏込んでいうと、茶室は、中世から現代にいたるまで、そのときどきの美意識を反映して発生した、茶の湯に関係した種々の表現行為が、育まれ、脈々と受け継がれてきた、創造の舞台とも捉えられるわけです。

 また別のいい方をすれば、茶室の空間という特定の場所は、茶会という、そのときどきの創造活動が総合的に提示された舞台でした。一期一会(いちごいちえ)の茶席で披露される表現行為は、そのときの思想や美意識が端的に反映されていたはずです。したがって、茶会という舞台での表現行為は、時間を超えて固定化されたものではなかったし、旧来的なものの単なる繰り返しでもなかったのです。むしろ、茶の湯はこの空間を、時代感覚をもっとも研ぎ澄ました表現手法でもって発露させるための、かけがえのない待別な場所としてつくりあげてきたのです。

 こういった認識で茶室を眺めたとき、従来伝統文化という括りのなかだけで語られることの多かった茶の湯の空間が、実は現代的な造形思考による表現活動の期待できる、きわめて興味深い空間として開けてきます。同時代的な視点から繰り広げられるさまざまな表現行為によって、われわれはまたこの空間を、この時代の感覚をもっとも尖鋭に映しだす特定の場所として捉えることが出来るのです。

 今回で10回目となる、当館の和風展示室(茶室)展示の事業は、前述のような企図から出発しました。茶室空間が、その歴史的形成過程において、実に多様な表現の先端的舞台であったことに注目した企画展示です。

 今年度は、萩市在住の陶芸家、兼田昌尚さんによる「且坐ー稜線のムコウヘー」をほぼ一年間の会期で展示しています。兼田さんの制作は、萩の伝統的な素地土を叩いたり押圧したりして形態を求めたのち、内部を掻き出して形をつくりだす、刳貫の技法を用いています。これは、土という素材ならではの表現を造形思考の核に据えた、この作家が採用した作陶の技術です。

 土塊とも見える、稜線と量感を強調したその作品の形姿は、どっしりと重力を溜めた鋒鋩のごとく迫ってきます。そしてまた、その表面に示された、鋭くそぎ落とされ叩かれた土の無垢な質感や表情からは、制作過程で作り手と素材のあいだに繰り広げられた、表現意欲と材質との切迫したせめぎ合いや、親密な交感などの痕跡をも読み取ることができるでしょう。

 ところで、タイトルの「且坐」は、茶の湯の世界では「さざ」または「しゃざ」と呼び慣れた、臨済宗の開祖、臨済義玄の「臨済録」所載の「且坐喫茶(まあ、お茶をお上がり)」からきた言葉です。これは、禅と茶の湯に共通する、真撃な求道的精神のもち方を暗示するものと解釈されていますが、兼田昌尚さんは、茶の湯の空間に対する自己の表現行為の根底に、茶の湯や茶室の本質を極める手がかりとして、この禅語を掲げました。

 茶の湯や茶室のもっとも初源的なあり方を示すこの言葉の意味を、素材独自の峻厳さと力強さを追求する、兼田さんの独創的な造形思考による表現と重ね合わせてみたとき、茶室内とバルコニーに配置された作品の稜線越しにながめる茶室空間が、じつにピュアな感性に基づいて組み立てられた舞台装置であることにあらためて気づかされることでしょう。どうぞ、坐してゆるりとご鑑賞ください。

(学芸課主査/石崎泰之)


兼田 昌尚(かねた まさなお)

1953年 7代兼田三左衛門の長男として萩市に生まれる
1977年 東京教育大学教育学部芸術科彫塑専攻卒業
1978年 国画会展(彫刻部 以後2回)
1979年 筑波大学大学院芸術研究科彫塑専攻
父三左衛門に就き作陶を始める
1981年 個展/渋谷西武百貨店(東京)
西日本陶芸美術展・山口県知事賞(同82年)
九州山口陶磁展・佳作
中日国際陶芸展
日本陶芸展
日本工芸会山口支部展・朝日新聞社賞(同88年)
日本伝統工芸展
萩国際彫刻シンポジウム参加(石彫制作)
1982年 日本工芸会山口支部展・NHK賞(同83・85年)
日本伝統工芸展
1983年 西部工芸展・岩田屋伊勢丹賞
日本陶芸展
日本伝統工芸展
個展/銀座黒田陶苑(東京)
1984年 個展/日本橋三越(東京)
九州山口陶磁展・毎日新聞社賞
1985年 個展/鳥取大丸(鳥取)
日本陶芸展
日本伝統工芸展
日本工芸会正会員となる
1986年 個展/日本橋三越(東京)
日本工芸会山口支部展・支部長賞(同90年)
日本伝統工芸展
個展/サン・ギャラリー住恵(名古屋)
1987年 日本陶芸展
1988年 個展/広島福屋(広島)
伊勢神宮に茶碗献納
1989年 作陶十年展/日本橋三越(東京)
西日本陶芸美術展・宮崎県知事賞
日本陶芸展
日本伝統工芸展
萩市教育文化奨励賞(杉道助賞)
あそびのシンポジウム/ギャラリー彩陶庵(萩市・同91年)
1990年 西日本陶芸美術展・通産大臣賞
国際花と緑の博覧会・政府館招待出品(大阪)
千種会《西武百貨店》/ホテルオークラ(東京)
1991年 個展/大坂三越(大阪)
日本工芸会退会
ミームプール展《西武百貨店》/小原流会館(東京)
1992年 山陽・山陰路の現代陶芸展(東広島市立美術館)
『陶―兼田昌尚』京都書院より刊行
『陶―兼田昌尚』出版記念展/ギャラリー彩陶庵(萩市)
個展/一畑百貨店(松江)
1993年 現代萩焼三人展/岡山高島屋(岡山市)
刳貫展/大丸(大阪・神戸・京都)
1994年 個展/日本橋三越(東京)
机上空間の為のアートワークス展。/池袋西武百貨店(東京)
1995年 個展/姫路山陽百貨店(姫路市)
個展/ガースクラークギャラリー(ニューヨーク)
個展/大阪三越(大阪)
はぎやき展―破格と前衛の造形―/山口県立美術館(山口)
1996年 机上空間の為のアートワークス展「・」/コンテンポラリーアートNIKI(東京)
個展/たち吉本店(京都)
個展/ギャラリーかわにし(愛媛西条)
山陽・山陰路の現代陶芸展。(東広島市立美術館)
個展/ぎゃらりぃ栗本(長岡)
東京国立近代美術館に花器2点収蔵される
山口県芸術文化振興奨励賞
1997年 個展/ギャラリーシエール(宇都宮)
個展/サン・ギャラリー住恵(名古屋)
1998年 個展/赤坂游ギャラリー(東京)
萩三人展/なんば高島屋(大阪)
個展/一畑百貨店(出雲)
『逸品展』―兼田昌尚の世界―/横浜高島屋(横浜)
やきもの探訪―土塊無心―(NHK)
1999年 個展 伊勢甚(水戸市)
個展 WORK99/彩陶庵本館(萩市)
個展 WORK99-2 /目黒陶芸館(四日市市)
エネルギア美術賞(エネルギア・文化スポーツ財団)
2000年 筑波大学芸術学系 助教授(〜2003年)
個展 WORK2000/日本橋三越(中央区)
個展 輝山/田園調布(大田区)
萩焼400年展/パリ日本文化会館(パリ)
やきもの探訪展2000/日本橋三越(中央区)
2001年 萩焼400年展/東京、京都、福岡、萩
2002年 掌中のかたち展9/ギャラリー器館(京都市)
陶の粋/赤坂游ギャラリー(東京)
2003年 萩国際大学陶芸文化コース 教授(〜2006年)
個展 陶'03/日本橋三越(中央区)
2004年
山口県文化功労賞
個展 陶'04/うめだ阪急百貨店(大阪市)
2005年
ワークショップ「土でつくる心のカタチ」/岐阜県現代陶芸美術館
8代天寵山窯就任
個展 陶'05/一畑百貨店(松江市)
2006年
兼田昌尚の茶室「且坐(さざ)ー稜線のムコウヘー」/山口県立萩美術館・浦上記念館
個展 8代天寵山窯就任 陶'06/日本橋三越
ワークショップ/東京国立近代美術館・工芸館
個展 たち吉本店(京都市)
   
◆パブリックコレクション
東京国立近代美術館
国際交流基金
ブルックリン美術館
山口県立美術館
山口県立萩美術館・浦上記念館
横浜そごう美術館
岐阜県現代陶芸美術館

◆詳しいお問い合わせ先◆  山口県立萩美術館・浦上記念館
〒758-0074 山口県萩市平安古586-1  TEL:0838-24-2400/FAX:0838-24-2401