茶の湯は、思想や信仰、文学、演劇、美術、工芸、そして飲食や衣装といった民俗・生活文化などのさまざまな領域によって成り立った、非常に幅の広い教養や意識というものを背景とした、室内芸能ともいわれています。
そういう意味合いで捉えれば、茶室は、茶の湯という芸能の舞台に瞼えることができるでしょう。このことはまた、茶室という空間が、茶の湯の文化の伸展とともに形成されてきた、室町時代以来の建築スタイルであることからもよくわかります。
さらにもう少し踏込んでいうと、茶室は、中世から現代にいたるまで、そのときどきの美意識を反映して発生した、茶の湯に関係した種々の表現行為が、育まれ、脈々と受け継がれてきた、創造の舞台とも捉えられるわけです。
また別のいい方をすれば、茶室の空間という特定の場所は、茶会という、そのときどきの創造活動が総合的に提示された舞台でした。一期一会(いちごいちえ)の茶席で披露される表現行為は、そのときの思想や美意識が端的に反映されていたはずです。したがって、茶会という舞台での表現行為は、時間を超えて固定化されたものではなかったし、旧来的なものの単なる繰り返しでもなかったのです。むしろ、茶の湯はこの空間を、時代感覚をもっとも研ぎ澄ました表現手法でもって発露させるための、かけがえのない待別な場所としてつくりあげてきたのです。
こういった認識で茶室を眺めたとき、従来伝統文化という括りのなかだけで語られることの多かった茶の湯の空間が、実は現代的な造形思考による表現活動の期待できる、きわめて興味深い空間として開けてきます。同時代的な視点から繰り広げられるさまざまな表現行為によって、われわれはまたこの空間を、この時代の感覚をもっとも尖鋭に映しだす特定の場所として捉えることが出来るのです。
今回で10回目となる、当館の和風展示室(茶室)展示の事業は、前述のような企図から出発しました。茶室空間が、その歴史的形成過程において、実に多様な表現の先端的舞台であったことに注目した企画展示です。
今年度は、萩市在住の陶芸家、兼田昌尚さんによる「且坐ー稜線のムコウヘー」をほぼ一年間の会期で展示しています。兼田さんの制作は、萩の伝統的な素地土を叩いたり押圧したりして形態を求めたのち、内部を掻き出して形をつくりだす、刳貫の技法を用いています。これは、土という素材ならではの表現を造形思考の核に据えた、この作家が採用した作陶の技術です。
土塊とも見える、稜線と量感を強調したその作品の形姿は、どっしりと重力を溜めた鋒鋩のごとく迫ってきます。そしてまた、その表面に示された、鋭くそぎ落とされ叩かれた土の無垢な質感や表情からは、制作過程で作り手と素材のあいだに繰り広げられた、表現意欲と材質との切迫したせめぎ合いや、親密な交感などの痕跡をも読み取ることができるでしょう。
ところで、タイトルの「且坐」は、茶の湯の世界では「さざ」または「しゃざ」と呼び慣れた、臨済宗の開祖、臨済義玄の「臨済録」所載の「且坐喫茶(まあ、お茶をお上がり)」からきた言葉です。これは、禅と茶の湯に共通する、真撃な求道的精神のもち方を暗示するものと解釈されていますが、兼田昌尚さんは、茶の湯の空間に対する自己の表現行為の根底に、茶の湯や茶室の本質を極める手がかりとして、この禅語を掲げました。
茶の湯や茶室のもっとも初源的なあり方を示すこの言葉の意味を、素材独自の峻厳さと力強さを追求する、兼田さんの独創的な造形思考による表現と重ね合わせてみたとき、茶室内とバルコニーに配置された作品の稜線越しにながめる茶室空間が、じつにピュアな感性に基づいて組み立てられた舞台装置であることにあらためて気づかされることでしょう。どうぞ、坐してゆるりとご鑑賞ください。