山口県立萩美術館・浦上記念館 本館特別展示室(和風展示室) 茶室のしつらえ

山口県立萩美術館・浦上記念館の
和風展示室(茶室)は、
アーティストによる茶室の空間表現の場
として公開されています。

 2002年3月からは、第6回目として
東京都国立市在住、山口県萩市出身の
ファイバー作家、柳井嗣雄
(やない つぐお)さんによる
茶室のしつらえが展示されています。

これまでの展示作家
第1回目 三輪龍作 「三輪龍作の美学―壱」 陶芸家
第2回目 中川幸夫 「鏡の中の鏡の鏡」 生け花
第3回目 内藤 廣 「Gaudiの透ける眼差し」 建築家
第4回目 三輪和彦 「黎‐REI‐」 陶芸家
第5回目 椿 昇  「緑色的平凡」 現代美術

柳 井 嗣 雄 の 茶 室

境界−関係の通路として

平成14年3月1日(金)〜平成15年2月23日(日)

 風化した土塀の向うから 橙が一個 ポロッとこぼれ落ちた

 これが私のふるさとのイメージである。今回、この茶室における空間構成で、私は一種のふるさと論を試みてみたいと思った。

 萩は私のふるさとなのだが、帰郷することもあまりなくなってしまった。30年という長い時間の距離が、境界として、萩と私の間を隔てているかのようだ。特定の場への帰属意識が強ければ強いほど、この境界は、より強固な障壁となってわれわれの前に立ちはだかるだろう。
 都会と田舎の間を往き来する私の宙づりの意識は、そのどちらの空間にも属さない中間的な架空の場で浮遊したままである。現実には、場としての領域を持たないその中間地帯で、私は空想を繰り返す。

 茶室内部と外部を分ける境界に、紙状の掛け軸をつるした。紙は植物繊維という線の集合体であり、面となる。空間における境界とは、現実にある壁や塀、障子や襖のような物理的遮蔽物であると同時に、面という抽象的概念でもある。私は空間を分割する遮蔽物としての面ではなく、荒い繊維質の原麻を用いることにより、気体や光が通い合うような透き間だらけの面を意識した。
 本来、茶室外部は四季折々の変化を味わうことができる自然空間であり、亭主にとっては、日常生活の場でもある。しかし、ここでの茶室外部は、コミュニティの内部であり、美術館という公共建築の内部であり、また、私の「ふるさと」へと通じる内部空間であるともいえる。この内でもあり外でもある不思議な空間を原麻の紙で取り囲んでみた。つまり、この露地空間そのものが境界面として機能するようにした。植物繊維の中に、自然環境やその律動は集約、凝縮され、内と外の境界に生起する景として表現されるだろう。
 その記憶の露地から茶室内部に躙り入ると、畳ではなく、土が敷き詰められている。土は東京の私の生活空間から持ち込まれた関東ローム層の土である。
 空間の変容は視点の移動を可能にし、時間や空間や場所を越えて、ある瞬間、東京から萩へ、過去から現在へと地と図が連動を始めるだろう。境があっても結ばれているような、やさしい空気につつまれた空間をしつらえた。

 境界は、実際には美術館という場所に設置されるのだが、観念的には、他の場所に設置されたともいえるだろう。私のいう他の場所とは、すなわち「ふるさと」と呼ばれる架空の場のことであり、その場は、始めに記した〈風化した土塀〉のイメージと重なるひとつの幻影なのだ。境界は、東京という生活空間と萩という故郷を隔てる幻影として存在し、両者の関係の通路として、総体としての「ふるさと」空間に宙づりにされる。

ふるさとは、その場所にあっては見えてこないし、外からの視線だけでも存在しない。内からと外からの相方向の視線が交叉する、まさにその時、その結界に立ち現れる蜃気楼のようなものかもしれない。別のいい方をすると、具体的な"場所性"としての故郷にではなく、"関係性"としての「ふるさと」に境界は存在し、現れたり消え去ったりしながら、自然の中で確かに揺らいでいる。

 世界は境界に満ちている。国家、民族、文化、宗教のみならず、親子であれ、夫婦であれ、すべての関係に境界は存在する。そして、その存在を認識することによってのみ、われわれは世界と自律した関係をとり結ぶことが可能となるのだ。 

招待アーティスト  柳井嗣雄

山口県立萩美術館・浦上記念館 季刊誌 "萩" 巻頭エッセイ (2002年4月15日発行)


「境界―関係の通路として」覚え書き

山口県立美術館・浦上記念館 主任学芸員 石崎泰之

 「原麻の紙」で包まれ、温かく柔らかな雰囲気を感じさせる茶室である。
 ファイバーワーク(繊維造形)を中心に表現活動を展関している柳井嗣雄は、当館のある萩市を出自とする。現在は国立市に在住しながらアトリエを秩父方面に構えて活動する彼は、親許を離れてから約30年の時間を、東京、パリ、再び東京といった異郷で週過ごしてきた。「この茶室における空間構成で、私は一種のふるさと論を試みてみたいと思った」(1)と語る本人は、そのねらいの一端を、展示空間の意識的な切り分けという明快な表現でもって披露している。

 茶室は、畳の代わりに、国立から運ばれた土が敷かれている。土壌という場所そのものを示す要素で満たされた室内の空間は、にわかに生活拠点の「場」としての存在性を帯びて、現実の「場」であるはずの萩を茶室外の空間、つまり外景へと変位させてしまった。この空間の鮮やかな切り分けは、茶室内と露地、露地と茶室(展示室)外という、それぞれの区分面に掛けられた「原麻の紙」という境界によって、一層明確化されると同時に、二つの「場」のあいだの空間という存在を浮かび上がらせている。
 ところで、境界とした「原麻の紙」の実体は「透き間だらけの面」だ。原麻という荒い植物繊維で漉き上げた「物理的遮蔽物」は、まなざしの交換や気分の連絡が可能な境界であった。双方向性を有するこの素材は、繊維のしなやかに結み合い交差する断続的な生動感をみせており、時間的な経過をも暗示しているようだ。ここに制作者は自己との「関係性」という概念を付与した。
 こういった境界の面に「取り囲まれた」露地、つまり切り分けられて意識化された二つの「場」のあいだにある空間は、境界のもつ「関係性」を具現化する「架空の場」としての境界そのものと解釈され、二つの「場」のあいだを「浮遊」する自己の存在が行き来する「関係の通路」として示されている。柳井嗣雄の茶室には、「ふるさと」に対する個人的心情を手がかりとした、自己の他者との関係における重層的な認知が表現されている。個として確立した、あるいはそうであろうとしてきた自己という主体が、これまでに共同体のなかでざまざまな繋がりを模索した過去が濃密に反映しているようだ。柳井はその様相を「関係性」という概念で示した。関係とは、ニコラス・ローズのいう「異なる場所や空間や時間において、人間が自分自身と他の人々に向けてきたざまざまな関心事」(2)の痕跡であり、自己とは異なるものとしての他者とのつながりを設定するための前提として、自己存在についての自己規定とでも呼ぶべきものがあることへの認識を示唆していると、みることはできないだろうか。つまり、自己が認識している自己存在というものを核としながら、さまざまな空間や時間の中で他者と関係する(した)ということだ。
 漉き上げられた繊維素材の表現によってみせられた「関係性」は、自己の存在とは、場所や時間の移動にともなって残されてきた単なる足跡でしかありえないのではないかという、これまでの自己存在についての認識自体への反問でもあるようだ。


(1)柳井嗣雄「境界関係の通路として」(展示リーフレツト所収)
(2)ニコラス・ローズ(松畑強訳)「アイデンティティ、系譜学、歴史」227頁(『カルチュラル・アイデンティティの諸問題』大村書店2001所収)
 

柳井嗣雄(やない つぐお)略歴

1953    山口県萩市に生まれる
1977    創形美術学校版画科卒業
1978−80 パリ留学「アトリエ 17」にてS.W.Hayterに師事

個展
1980    ギャラリー21+葉、東京(`87,89)
1984    A・S・コンテンポラリー・ファインアート、東京
1985    画廊 岳、東京(`87)
1986    「誘発」ギャルリ パンセ、東京
1988    「石の巣」ビプランシアター ギャラリー、東京
1991    「紙の精神・物質の生命」ギャラリーαm、東京
1992    調布画廊、東京(`94)
        ギャラリー ないとう、名古屋
1993    ギャルリ クキ、パリ
1994    「原形質」玉屋画廊、東京
1995    ギャルリ 会絵、東京
        「水のすがた」ギャラリー ルミネ、東京
1996    「記憶する物質」インフォミューズ、東京
1997    ピーチ メドゥズ、長野
1998    「異物」ギャラリー トモス、東京
        「PUPA」飯山市美術館、長野
1999    「記憶とかたち」ギャラリー ゴトウ、東京
        「和紙の鼓動」やまとプラザ、東京
2000    「風化した世紀」ギャラリー スペース21、東京
2001    「BLACK FLOWER」ギャラリー ゴトウ、東京

グループ展
1981−86 神奈川国際版画アンデパンダン展(神奈川県民ギャラリー)
1982−85 CWAJ現代版画展(アメリカンクラブ、東京)
1982    所沢野外美術展(所沢航空記念公園、埼玉)
        日本国際美術展(東京都美術館・京都市美術館・`86,`90佳作賞受賞)
1983    セントラル美術館版画大賞展(セントラル美術館、東京)
        日本現代版画展(サトリ ギャラリー、サンフランシスコ)
1985    現代日本美術展(東京都美術館・京都市美術館・`94)
        国展(東京都美術館・愛知県美術館・大阪市立美術館・野島賞受賞)
        山口県の現代美術(山口県立美術館)
1985−90 現代美術今立紙展(今立町、福井・`85`,87佳作賞,
                       `89優秀賞,`90大賞受賞)
1987    和紙の用と美(山梨県立美術館)
1988    紙と現代美術(ニッコリ画廊、イタリア)
1989    コンテンポラリーアートフェスティバル(埼玉県立近代美術館)
1990    第3回INO 紙のことば展(いの町紙の博物館、高知)
1991    イメージの境界(エスパースジャポン、パリ)
        立体の紙・身体の紙−Paper Work(神奈川県民ギャラリー)
1991−97 白州・夏のフェスティバル(白州町・山梨)
1992    虚構のエレメント(玉屋画廊、東京)
        あかりのアート(すみだリバーサイドホール ギャラリー、東京)
1993    ブッチ モリス、大野一雄のための舞台美術
          (P3 art and enviroment、東京)
        現代日本の紙造形展(コート デ ネージ文化会館、モントリオール)
        アジア・パシフィック・トリエンナーレ
              (クイーンズランド美術館、オーストラリア)
        素材の予感(マスダスタジオ、東京)
1994    現代日本の紙造形展(阿波和紙伝統産業会館、徳島)
        素材と空間の時代精神(ギャラリー スペース21、東京)
        日仏ミックストメディア アート コミュニケーション
                         (シアターX、東京)
1995    甦る糸の思考(ギャラリー スペース21、東京)
        オクトーバー スキップ(麻布美術工芸館、東京)
1996    介在する表現−紙(山梨県立美術館)
        紙の仕事(ガレリア ラセン、東京)
        NATURE−素材とイメージ
         (アーティスト ハウス・エンハロット美術館、イスラエル)
1997    ぶどうの国 国際版画ビエンナーレ展(山梨県立美術館)
        潜在する形−張と縮(ギャラリースペース21・国際デザインセンター・
        金沢市芸術村・東北芸術工科大学・女子美短大ギャラリー)
        くにたち美術展(くにたち郷土文化館、東京)
1998    毒&癒し(ギャラリーSHIBAアート、東京)
        青の回廊(Bunkamura Gallery、東京)
        包有する形−連と層(ギャラリーアートスペース21・
                      群馬県立女子大学ギャラリー・大阪
        ACTデザインギャラリー)
1999    アート・サイエンス展−種の起源(KSPギャラリー、川崎市)
        多摩川野外美術展(多摩川緑地福生南公園、東京)
        和紙のかたち(練馬区立美術館、東京)
        Art Forum−22 in Tama(東京)
2000    芸術の胎動(所沢市民文化センター、埼玉)
        現代美術紙展−大賞作家作品展(いまだて芸術館、福井)
        国際ファイバーアート野外展(鴨川市−戦場公園、千葉)


セッティングの様子

自分の土地(国立市)の土を茶室に敷きつめる 土を足でふみ固める作業が延々と続く
原麻で制作した掛軸 原麻の素材を圧縮してコーティングする
周囲も麻の遮蔽物で覆う 麻を通して漏れる優しい光に包まれる
麻の繊維がうねり、空間に力強い躍動感が生まれる 一面を覆う麻の遮蔽物
茶室が光と繊維の流れるようなリズムに包まれる 萩美術館の担当学芸員、石崎さん(右)

◆詳しいお問い合わせ先◆  山口県立萩美術館・浦上記念館
〒758-0074 山口県萩市平安古586-1 TEL:0838-24-2400 FAX:0838-24-2401