「原麻の紙」で包まれ、温かく柔らかな雰囲気を感じさせる茶室である。
ファイバーワーク(繊維造形)を中心に表現活動を展関している柳井嗣雄は、当館のある萩市を出自とする。現在は国立市に在住しながらアトリエを秩父方面に構えて活動する彼は、親許を離れてから約30年の時間を、東京、パリ、再び東京といった異郷で週過ごしてきた。
「この茶室における空間構成で、私は一種のふるさと論を試みてみたいと思った」(1)と語る本人は、そのねらいの一端を、展示空間の意識的な切り分けという明快な表現でもって披露している。
茶室は、畳の代わりに、国立から運ばれた土が敷かれている。土壌という場所そのものを示す要素で満たされた室内の空間は、にわかに生活拠点の「場」としての存在性を帯びて、現実の「場」であるはずの萩を茶室外の空間、つまり外景へと変位させてしまった。この空間の鮮やかな切り分けは、茶室内と露地、露地と茶室(展示室)外という、それぞれの区分面に掛けられた「原麻の紙」という境界によって、一層明確化されると同時に、二つの「場」のあいだの空間という存在を浮かび上がらせている。
ところで、境界とした「原麻の紙」の実体は「透き間だらけの面」だ。原麻という荒い植物繊維で漉き上げた「物理的遮蔽物」は、まなざしの交換や気分の連絡が可能な境界であった。双方向性を有するこの素材は、繊維のしなやかに結み合い交差する断続的な生動感をみせており、時間的な経過をも暗示しているようだ。ここに制作者は自己との「関係性」という概念を付与した。
こういった境界の面に「取り囲まれた」露地、つまり切り分けられて意識化された二つの「場」のあいだにある空間は、境界のもつ「関係性」を具現化する「架空の場」としての境界そのものと解釈され、二つの「場」のあいだを「浮遊」する自己の存在が行き来する「関係の通路」として示されている。
柳井嗣雄の茶室には「ふるさと」に対する個人的心情を手がかりとした、自己の他者との関係における重層的な認知が表現されている。個として確立した、あるいはそうであろうとしてきた自己という主体が、これまでに共同体のなかでざまざまな繋がりを模索した過去が濃密に反映しているようだ。
柳井はその様相を「関係性」という概念で示した。関係とは、ニコラス・ローズのいう「異なる場所や空間や時間において、人間が自分自身と他の人々に向けてきたざまざまな関心事」(2)の痕跡であり、自己とは異なるものとしての他者とのつながりを設定するための前提として、自己存在についての自己規定とでも呼ぶべきものがあることへの認識を示唆していると、みることはできないだろうか。
つまり、自己が認識している自己存在というものを核としながら、さまざまな空間や時間の中で他者と関係する(した)ということだ。
漉き上げられた繊維素材の表現によってみせられた「関係性」は、自己の存在とは、場所や時間の移動にともなって残されてきた単なる足跡でしかありえないのではないかという、これまでの自己存在についての認識自体への反問でもあるようだ。
(1)柳井嗣雄「境界関係の通路として」(展示リーフレツト所収)
(2)ニコラス・ローズ(松畑強訳)「アイデンティティ、系譜学、歴史」227頁
(『カルチュラル・アイデンティティの諸問題』大村書店2001所収)
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