山口県立萩美術館・浦上記念館

山口県立萩美術館・浦上記念館 本館特別展示室(和風展示室) 茶室のしつらえ

 山口県立萩美術館・浦上記念館の茶室は、アーティストによる茶室の空間表現の場として公開されています。
 1999年1月からは、第3回目として東京都在住の建築家・内藤 廣(ないとう ひろし)さんによる茶室のしつらえ「Gaudi〈ガウディ〉の透ける眼差し」が展開されています。
 この茶室の第1弾は、萩市在住の陶芸家、三輪龍作による「三輪龍作の美学—壱」として茶の精神、美意識をエロティシズムで表現し固有の茶室空間を創造しました。
 98年1月からは、その第2弾として、東京都在住のいけばな作家、中川幸夫(なかがわ ゆきお)による茶室のしつらえ。染織家福本潮子の藍染めが四畳半一面に敷きつめられ、中央にラベンダーの花粒がちりばめられたその空間は、「茶室は自分の心を写し出すところ」という中川幸夫の概念を表出したものが展開されました。


内藤 廣の茶室「「Gaudi〈ガウディ〉の透ける眼差し」


倒錯する視線の行方 「Gaudiの透ける眼差し」

  ベラスケスが晩年に描いた「ラスメニーナス」という絵がある。高さと幅が四メートルほどの大きな絵で、中央に、女官たちに囲まれた幼い王女が描かれている。しかし、よく見ていくと、そこに仕組まれた眼差しの迷宮に誘い込まれることになる。まず、こちらを向いて微笑んでいる王女が見ているのは、描かれていない両親である王と后であることに気付く。暗い背景の奥の壁に掛けられた小さな鏡に、王と后の姿がかすかに映り込んでいるからだ。つまり、絵を見ている自分は、王と后の場所に立って、この絵を、あるいは現実の王女を見ていることになる。さらによく見ていくと、絵の左手の暗闇の中に、大きなキャンバスを立て、絵を描いているベラスケス自身がこちらを向いている。王と后を描いているのだろう。プラド美術館は、この絵に対して粋な計らいをしている。絵を見る我々の後ろ、絵と向かい合う位置に、絵と同じ額縁の中に鏡を入れたものが掛けてある。この鏡を見ると、見ている自分が絵の中に入り込んでしまう。そこに、無数の眼差しの交差、眼差しの倒錯、見る側と見られる側の現実とも虚構とも付かぬ不安定な関係性、といったような不思議な構図が見えてくる。

 眼差しの倒錯は、様々なことを浮かび上がらせる。虚と現実とが交錯し、見る側と見られる側の関係を逆転させ、曖昧にし、しまいにはそれを宙吊りのまま放置し、その関係の意味を根本から問い直させる。今回、試みようとしたことは、こうした眼差しの倒錯を通して、慣習の中に埋没してしまった茶室空間そのものを問い直すことにある。

 和室、とりわけ茶室は、室町以来四百年近くの長い時間を経て今日に至っている。初めは技術として切瑳琢磨する時期があり、やがて形式として完成され、燭熟し、停滞し、既成の事実として、誰もその有りように疑いを挟まない、社会的な最大公約数としての様式ができ上がった。あまりに多くの人の手を経、手垢にまみれ、身近にあるがために、誰もが無警戒に受け入れる慣習化された様式だと言える。これを、堕落と見ることもできる。

 今回、萩の美術館内にある茶室に手を加えて、何かを表現する機会を与えていただいた。まず考えたのが、様式化された茶室の中にすっかり埋もれてしまった純粋幾何学や抽象性を、眼差しの倒錯を通して浮き立たせてみよう、ということだった。茶室に出来るだけ手を加えず、ガラスに映り込む眼差しの倒錯を手掛かりに、幾何学性だけが浮き立ってくる、そんなしつらえを考えた。

 倒錯の基点となるのは、床の間に掛けたガウディのカサ・カルベットのドア覗き穴の金具だ。これが、幾重にも反射しながら繰り返される虚の幾何学空間の中に浮かび上がる。垂直と水平の直行空間の幾何学は、二十世紀の近代建築を支配する基本的な原理だ。それに対して、放物線を基調とし、有機的な曲線を駆使したガウディの造形は、近代とは対立する価値だ。これを、二十世紀と十九世紀との対比と見ることもできる。また、浮かび上がらせる幾何学的な純粋性が書院的な価値で、そこからズレるガウディを数寄屋的な価値に引き寄せて見立てることもできる。覗き穴のオブジエをこちらから覗き込むことから、見る側と見られる側の関係の倒錯、を思い浮かべていただいてもよい。題名にある「透ける眼差し」を、ガラスから透けて見える元の茶室の様相と捉え、「数寄の眼差し」と解釈していただくことも可能だ。

 こう書いてくると、茶室に仕掛けをした私自身も、現実の作品から逆照射される言葉と解釈の罠に、気付かぬうちに絡め取られていることに気付く。覗き穴の向こうからこちらを見ているのは、誰か…。私、あなた、あるいは誰でもない、世紀末の眼差し。

内藤 廣


アントニ・ガウディ 1852ー1926

  スペインのバルセロナの建築家アントニ・ガウディは、1852年に生まれ、1926年に没した。力サ・ミラやカサ・パトロといったアパートや、有名なサグラダ・ファミリア教会の設計者として知られている。敬度な力トリック教徒だった彼は、建物のあらゆる部分に対して、神への捧げものとして全精力た注ぎ込んだ。大量生産を前提にした二十世紀の建物とは対照的に、同じ形が繰り返されることは殆どなく、全体から細部に至るまで、生命の延長として建築を捉えていたようだ。

 建物は石造でありながら、あたかも植物のような有機的な形態を持っている。表た細部も、職人の手仕事を基本に極めて丹念に、そして有桟的な形で作り上げられている。建物の全てが、影刻作品のようだ。ガウディ自身が、鉄の加工職人の家に生まれたこともあって、金属に対して精通していたのだろう。鉄などの金属を使ったメタルワークは、大変重要な役割を果たすことが多い。これも、命を吹き込まれたかのごとく、柔らがく有機的な形態をしているものが殆どだ。

 彼の建物は、ある時は、奇形、異形の建築と評され、近代建築の信奉者からは異端視された。しかし、ほぼ一世紀が過ぎ、近代建築が生赤だした価値観が行き詰まるにつれて、その精神性や独自のアプローチに対する評価は、年を追うごとに高まってきている。(内藤廣)


内藤 廣  NAITO Hiroshi

建築家。

「内藤廣は建築家であるとともに、構造にたけた詩人である」とは中川幸夫氏の評。

早稲田大学大学院で吉阪隆正氏に師事したのち、フェルナンドイゲーラス建築設計事務所、菊竹清訓建築設計事務所を経て、31歳で独立する。

以来、建築を日常生活の中にあって個人を超えた時間の表現と捉えて活動中。

峻厳でプラクティカルな設計者として知られている。93年には芸術選奨文部大臣新人賞、日本建築学会賞、吉田五十ハ賞を受賞。

■主な作品ギャラリーTOM〈'84〉・住居No.1共生住宅〈'84〉海の博物館〈'92〉・安曇野ちひろ美術館〈'97〉茨城県天心記念五浦美術館〈'97〉など。


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