山口県立萩美術館'浦上記念館の茶室はいま、凝縮された透明な空間いっぱいにラベンダーの匂いが溢れている。ここでは、およそ一年単位で茶室のしつらえをアーティストに任せていて、初回の三輪龍作に続いて今回は生け花作家の中川幸夫が引き受けた。
中川幸夫は生け花の家元制度を否定して、純粋にアーティストとしての生き方を貫いてきた作家である。彼の生け花は、花を単に美しいものとして、鑑賞の対象のみに生けているのではない。花の命を自分の命に置き換えるほどに、命がけで花の命を追及してきた。これまでの世界で生け花を日本特有の美学として、現代美術の表現手段にまで展開させた人は他に存在しない。
彼の代表作に「花坊主」という作品がある。数百本の深紅のカーネーションの花を詰めた自作のガラスの壷を白い和紙の上に伏せ、数日後に花が腐乱し始めると、やがて赤い花液を流し始める。白い和紙をカーネーションの深紅の血が染めていくのだ。「花は死ぬときには赤い血を流す。死ぬときにこそ、花は自分の命を露骨に見せてくれるのだ。」と彼はいう。長い生け花の歴史の中で死にゆく花の血を生けた作家ははじめてだろう。
「鏡の中の鏡の鏡」。この作品のタイトルである。四畳半いっぱいに敷きつめられた福本潮子の藍染の作品の中央よりに白く抜いた円形のぼかしは輝く月にも見え、幾何学的な白い点のグラデーションが夜空の星のように微妙に浮かび上がる。中川幸夫は布を二枚重ねることによって無限の奥行きを生んだ。それはまるで宇宙をさまよっているような、あるいは深い海に引き込まれてしまうような…。
月にかかるむら雲のようにラベンダーの花が撒かれている。深い藍とラベンダーの鮮やかな紫との絶妙のコンビネーション。ラベンダーは富良野から取り寄せ、長期の展示に耐えるために乾燥させたもの。花は水分を失うに従って退色してしまう。彼はそれを鮮やかな色に染め直し花の命をよみがえらせた。
掛け物は「紅の花鑑(はなかがみ)」。「花坊主」に見せた紅花の命の終焉に流した血、まさに花の命の証である。人間の意識を超えた、自然の造形と意外性の魅力。中央のガラス容器の円形の痕跡を中川幸夫は鏡に見立てた。
置物は「一文字」。彼が見つけてきた櫟の切れ端に、輪島の角偉三郎が漆を施した。表面の黒漆に対して、両端の断面と縦に入った亀裂に施した赤漆が何とも生々しい。どっしりと空間全体を引き締めている。
この茶室の三つの円は人の心を映し出す魔法の鏡。茶室を「思索の場」と定義する彼は、この場に座してその鏡に自分を映してみるのだという。自分とは何かを見つめることのできる哲学的な空間なのだ。政治、経済、文化、あらゆるものがたしかな目標を失いかけた混沌とした現代。いまこそ自分を見つめ、真理を見極める自己の確立が求められている。彼はそんな場をこの茶室に求めた。
かつて茶人たちは命をかけて自己の美学と哲学を構築していった。桃山の代表的な茶人である千利休も切腹を余儀なくされ、弟子の山上宗二にいたっては、耳と鼻を削がれて命を絶った。このように戦国の茶匠たちのほとんどが非業の死を遂げているのは、アバンギャルドを貫こうとした彼等の美学的思想の激しさゆえなのだろう。
そしていま、三輪龍作は茶室のエロスを主張した。エロスとは生命の根元であり、生命の究極は死である。まさに「愛と死」こそが彼の芸術表現の根元となっているのだ。この茶室で彼もまた自己の芸術的主張を貫いた。中川幸夫も花の命を表現することで「愛と死」を追及してきた作家である。彼は死にゆく花によって生命の普遍を表現した。
二人の芸術思想の一貫性が、この茶室の展開に明確なコンテクストを示してくれている。いま利休が、織部や宗二たちがこの世にいて、この茶室を見たら彼等の思想が現代に生きているのを感じてくれるに違いない。明治維新発祥の地・萩にできたこの美術館の茶室。この小さな町が日本に大きな変革をもたらしたように、茶室あるいは茶の場そのものの本質の探究が、いまここから始まっているのだ。 |